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松江地方裁判所益田支部 昭和44年(カ)1号 判決 1969年5月23日

再審原告 津和野信用金庫

再審被告 岩本金吾

主文

再審原告の訴を却下する。

訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

第一、再審原告の主張

一、求めた裁判

(一)、松江地方裁判所益田支部が昭和四二年二月二三日、同庁昭和四二年(ワ)第八号事件につき言渡した判決中

「再審原告(本訴被告)から再審被告(本訴原告)に対する

(1) 、昭和三五年一〇月一五日不動産根抵当手形取引契約に基づく貸付元本金五〇、〇〇〇円、弁済期昭和三六年七月一三日、利息日歩三銭三厘、損害金日歩五銭の貸借にかかる債権

(2) 、昭和三六年三月二〇日不動産根抵当手形取引契約に基づく貸付元本金五〇、〇〇〇円、弁済期同年六月一七日利息日歩三銭三厘、損害金日歩五銭の貸借にかかる債権の各存在しないことを確認する。

再審原告(本訴被告)は再審被告(本訴原告)に対し別紙目録<省略>記載の物件に対する松江地方法務局津和野出張所昭和三五年一〇月一八日受付第一、三〇八号をもつてした債権元本極度額金五〇、〇〇〇円の根抵当権設定登記、同出張所昭和三六年三月二〇日受付第二九一号をもつてした元本極度額金五〇、〇〇〇円の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は再審原告(本訴被告)の負担とする。」との部分を取消す。

(二)、再審被告(本訴原告)の右部分に対する請求を棄却する。

(三)、訴訟費用は再審被告(本訴原告)の負担とする。

二、再審の理由

(一)、再審被告は再審原告に対し、松江地方裁判所益田支部に債務不存在確認その他の訴を提起し、同庁昭和四二年(ワ)第八号事件として審理された結果、昭和四二年三月二三日再審被告勝訴の判決が言渡され、同判決は確定した。同判決の主文中には、再審原告が前記一においてその取消を求める部分がある。

(二)、ところが、既に右両当事者間には、再審原告を債権者とし、再審被告を債務者とする益田簡易裁判所の発した左記仮執行宣言付支払命令が存在し、いずれも確定している。

(1) 、事件番号 昭和三九年(ロ)第一七号

支払命令を発した日 昭和三九年二月六日

仮執行の宣言がなされた日 同 年三月一三日

請求の趣旨

再審被告は再審原告に対し金五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年六月一八日から完済にいたるまで日歩五銭の割合による金員および督促手続費用金七七〇円を支払え。

請求の原因

再審原告が再審被告に対し、昭和三六年三月二〇日手形貸付の方法により金五〇、〇〇〇円を支払期日同年六月一七日、利息日歩三銭三厘、期日後の損害金日歩五銭と定めて貸与したことにもとづき請求する。

(2) 、事件番号 昭和三九年(ロ)第一八号

支払命令を発した日および仮執行の宣言がなされた日は右(1) に同じ

請求の趣旨

再審被告は再審原告に対し金五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年七月一四日から右完済にいたるまで日歩五銭の割合による金員および督促手続費用金九〇〇円を支払え。

請求の原因

再審原告が再審被告に対し、昭和三六年四月一五日手形貸付の方法により金五〇、〇〇〇円を支払期日同年七月一三日、利息日歩三銭三厘、期日後の損害金日歩五銭と定めて貸与したことにもとづき請求する。

(三)、したがつて、再審被告が、松江地方裁判所益田支部昭和四二年(ワ)第八号事件で不存在の確認を求めた債権のうち前記一の(一)において取消を求める部分と右(二)掲記の支払命令において再審原告が再審被告に請求した債権とは同一であつて、同債権の不存在を確認する判決は、その言渡のとき既に確定している支払命令と牴触するものである。

(四)、よつて、再審原告は、前記昭和四二年(ワ)第八号事件の判決中、さきに確定した支払命令と牴触して債務の不存在を確認する部分ならびに右確定した支払命令と牴触する判断にもとづいて、別紙目録記載の物件に対する松江地方法務局津和野出張所昭和三五年一〇月一八日受付第一、三〇八号根抵当権設定登記および同出張所昭和三六年三月二〇日受付第二九一号根抵当権設定登記の抹消登記手続を命じる部分の取消をしたうえ、同事件中右部分の請求を棄却することを求める。

第二、再審被告の主張

一、求めた裁判

主文同旨の判決

二、再審の理由に対する答弁

再審原告が再審の理由において主張する事実はいずれも認める。しかし、再審原告は、本件において不服を申し立てる松江地方裁判所益田支部の判決の言渡をうけた当時、再審原告がその主張二の(二)において主張する支払命令との牴触を知つていたものである。しかるに再審原告は右判決に対して上訴をしないで確定させてしまつたのであるから、右再審事由を知つて主張しなかつた場合にあたり、本件再審の訴は不適法となるものである。

第三、立証<省略>

理由

再審の訴は当事者が上訴によつて主張した事由またはこれを知つて主張しなかつた事由にもとづいては、これを提起することができないことは、民事訴訟法第四二〇条第一項但書によつて明らかであるところ、成立に争いのない甲第一号証ないし同第六号証原本の存在および成立につき争いのない乙第一号証ないし同第三号証および再審原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。即ち、再審原告は益田簡易裁判所に、再審被告に対し、昭和三六年三月二〇日に貸し渡した貸金五〇、〇〇〇円およびこれに対する弁済期後の昭和三六年六月一八日から支払ずみまで約定の金一〇〇円につき一日金五銭の割合による遅延損害金ならびに昭和三六年四月一五日に貸し渡した貸金五〇、〇〇〇円およびこれに対する弁済期後の昭和三六年七月一四日から支払ずみまで約定の金一〇〇円につき一日金五銭の割合による遅延損害金の支払を求める支払命令を発することを求め、同裁判所は昭和三九年(ワ)第一七号および同年(ワ)第一八号として同年二月六日右支払命令を発し、同年三月一三日には右支払命令につき仮執行の宣言をしたが、再審被告は異議の申立をしなかつたので同支払命令は確定した。ところが、再審被告は松江地方裁判所益田支部に、再審原告に対し、再審原告から再審被告に対し、昭和三五年一〇月一五日不動産根抵当権手形取引契約に基づく貸金五〇、〇〇〇円、弁済期昭和三六年七月一三日、利息金一〇〇円につき一日金三銭三厘、弁済期後の遅延損害金を金一〇〇円につき一日金五銭の割合とする債権および昭和三六年三月二〇日不動産根抵当権手形取引契約に基づく貸金五〇、〇〇〇円、弁済期同年六月一七日、利息金一〇〇円につき一日金三銭三厘、弁済期後の遅延損害金を金一〇〇円につき一日金五銭の割合とする債権についての不存在確認を求める請求を含む訴を提起し、同庁昭和四二年(ワ)第八号事件として審理された結果、昭和四二年三月二三日再審原告敗訴の判決が言渡され、右判決に対しては上訴がなされることなく確定した。再審原告代表者は信用金庫の業務執行者として、前記再審被告に対する支払命令の申立に関する禀議が同金庫係員から提出されたのに対して許可を与え、その後同係員から右支払命令に対して再審被告から異議の申立がなされたという報告はうけていなかつた。したがつて、再審原告代表者としては当然右支払命令が確定したことを推知しうべきであつたが、たまたま前記再審原告敗訴の判決に対して上訴すべきか否かを検討するにあたつて、右支払命令の存在を失念し、これを全く考慮に入れないで上訴しないことに決定してしまつた。

右認定の事実のもとにおいて再審原告が本件において不服を申し立てる判決と前記確定判決と同一の効力を有する支払命令とが牴触することを知つて主張しなかつたか否かを判断するためには二つの問題が存するものと考えられる。即ち、その第一は、再審原告が上訴をしないまま判決を確定させたことが、民事訴訟法第四二〇条第一項但書にいう知つて主張しなかつた場合に入るかということであり、第二は、再審原告において当然知りうべきであつたのにこれを知らなかつたため、主張しなかつた場合も知つて主張しないことになるかということである。右のうち第一の点については、上訴をしないで判決を確定させた場合も民事訴訟法第四二〇条第一項但書に含まれることについては殆ど異論のないところと考えられる。次に第二の点は、結局過失により知らなかつた場合も右民事訴訟法第四二〇条第一項但書に該当するか否かの問題であるが、少くとも当事者が重大な過失により再審事由の存在を知らなかつた場合には、後日その知らなかつた事実を事由としては再審の訴を提起し得ないものと解する。けだし、右但書の趣旨とするところは、再審の対象となつた判決の訴訟手続において主張することができなかつた事実のみを再審の事由たらしめようとするものであるから、右但書の「知る」の意味には当然重大な過失によつて知らなかつた場合も含むと解さなければ右の目的を達成することはできないからである。そこで前示認定の事実について、再審原告の過失の有無をみるに、再審原告代表者は、信用金庫の業務執行者として、支払命令の申立を命じた以上は、その職務の一部を代行する係員をして、右支払命令が確定したか否か、また確定後は適時にその存在を業務執行者に知らしめる方法を命じることは当然の義務であるというべく、これを行なわないのみか、自らも失念してしまつたことは再審原告代表者に本件再審の対象となつた判決が確定の支払命令と牴触することを知らなかつたことにつき重大な過失があつたものといわなければならない。

してみれば、本件においては、再審原告はその不服を申し立てる訴において再審事由があることを知つて主張しなかつたものということができ、本件再審の訴は不適法である。

よつて民事訴訟法第四二〇条、第四二三条にしたがつて再審原告の本件再審の訴を却下し、訴訟費用の負担については同法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸)

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